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ご無沙汰しています

しばらくご無沙汰しているうちに、もう6月になってしまいました。
1年の半分が過ぎようとしているなんて、本当に早いです。

この間本当にいろいろなことがありました。
内容が重く、長くなってしまうので、興味のない方はスルーしてくださいね。

昨年末、娘の胃腸炎での入院騒動の後、私の体調の思わしくない日が続いていて
私にも移ってしまったのかと思っていたところ
待望の第2子の妊娠がわかりました。

娘のときと違い、常に胃がムカムカする悪阻で
吐きたくても吐けないような状況が続いていたので、本当に辛かったのですが
「赤ちゃんが元気な証拠!!」と思いながら耐える日々を送っていました。

そんな悪阻もピークを過ぎようとしていたので
そろそろ皆さんにご報告をしようと思っていた12週の検診の時
「お腹の赤ちゃんに異常があるかもしれない。1週間後にもう一度来て欲しい」と主治医から言われました。
思いがけない宣告に、長い長い1週間を過ごし
翌週、主人と一緒に再診してもらったところ、やはり赤ちゃんに大きな病気があることが判りました。

このまま妊娠を継続しても、10ヶ月持たずに母体内で亡くなってしまうか
仮に生まれても、数時間しか生きられない。
残念だけど、今回は諦めないといけないとのことでした。

確定診断を受けるため、紹介状をいただいて
大学病院へも行ったのですが、結果は同じでした。
最終的な判断は私達に委ねられる事になり、主人や実家の父とも相談した結果
今回は諦めることに・・・

まだ悪阻もあり、心臓も赤ちゃんも元気に動いているのに・・・と思うと
罪悪感に苛まれ、本当に辛かったのですが
赤ちゃんにとっては胎動すらも命取りになりかねないということを知り
これ以上赤ちゃんが苦しまないうちに、亡くなった母の元に預けようと決心しました。

入院して2日間の辛い前処置の後、3月1日の午後12時44分に
小さな小さな赤ちゃんを出産しました。
泣き声のない静かな出産でしたが、陣痛を付け始めてから出産まで約3時間半。
本当に親孝行な子でした。
自分で産んであげられたこと(娘は帝王切開でした)、安らかな顔で眠っていたことが
私にとってはほんの少しだけ、気持ちが救われた気がしました。

性別は判らなかったのですが、ずっといつまでも私達の希望でいて欲しいという意味を込め

「悠希(ゆうき)」  と名付けました。

翌日は病院で家族一緒に過ごし、3日の朝に悠希と最後のお別れをして私は退院。
悠希はその3日後に、小さな骨壷に入って、我が家に帰ってきました。

退院直後は、夜も眠れずに涙に暮れる日々を過ごしていましたが
2歳間近だった娘が、毎日目を見張るように成長していく姿に励まされ
1ヵ月を過ぎる頃には、少しずつ外出が出来るようになった矢先
今度は娘に思いがけないことが起こりました。

私の体調もだいぶ落ち着き、娘ときちんと向き合えるようになった頃
娘の目の動きが少しおかしいことに気づきました。
年中ではないのですが、何かを凝視しようとすると、目が寄っている。
「もしかして、斜視では・・・」と思い、眼科を受診しました。

私の悪い予感は的中し、強度の遠視から来る内斜視との診断を受けました。
セカンドオピニオンもしてみたのですが、やはり同じで
このまま放っておくと、弱視になり将来に支障が出るので
眼鏡での矯正が必要とのことでした。

まだ2歳なのに、眼鏡で不自由な生活をさせないといけない。
悠希だけでなく、娘にも大変な思いをさせることになり

「私には丈夫な子は産めないのではないか・・・」と

診断後は本当に辛かったのですが、悠希の病気は誰にも治すことは出来なかったけれど
娘の病気は治すことが出来ると思い直し
眼鏡での視力矯正をすることにしました。

幸いなことに、娘も嫌がらずに眼鏡をかけてくれていて
先日の検診でも
「視力も出ていて上出来!!このまま放っておいたら5歳までほとんど見えなかったよ」
と言われたので、少しホッとしています。

娘が内斜視の診断を受けた翌日には
小さいときに母を亡くした私の親代わりでもあった祖母が亡くなりました。
92歳の大往生。
頑固一徹な性格な上に痴呆もでて、晩年、家族は本当に手を焼きました。

私も実家にいる頃に散々苦労させられたり、辛いな思いをさせられてきたので
正直「早く逝ってくれた方がみんなもラクになる」と長年思っていました。
でもいざ訃報に接してみると、小さい頃に祖母と一緒に過ごした楽しい思い出が蘇ってきて
涙があふれてきました。
悠希のことで、今こうして命があることの素晴らしさを知ったからこそ
祖母の死に涙を流すことが出来たと思うので、悠希には本当に感謝しています。

亡くなった日が悠希の四十九日の翌日というのも、私には何か因縁めいたものを感じずには
いられませんでした。

そして先週の日曜日、祖母の四十九日が悠希の百箇日にあたるのを期に
母の眠るお墓に祖母と一緒に納骨をしてきました。
悠希の予定日が8月中旬だったので、当初はそれが過ぎるまでは手元に置くつもりでいましたが
悠希の火葬・収骨を業者さんにお願いしていて、寂しい思いをさせてしまったので
祖母と一緒にみんなに見送ってもらった方が悠希も喜ぶのではないかと思い、決意しました。
いざ手元から悠希がいなくなってみると、やはり少し寂しい気持ちはありますが
これで良かったと思っています。

本当にいろいろあった半年間でしたが、ようやく落ち着いた日々を過ごせるようになりました。
イヤイヤ真っ盛りの娘に、いささか手を焼いていますが・・・coldsweats01
これも娘がこうして元気でいてくれるからこそ感じられることなので
子育て出来る喜びに感謝をしつつ、これからも頑張っていこうと思っています。

また少しずつ更新していきますので、良かったらまたお付き合いくださいhappy01

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「Dialy」カテゴリの記事

コメント

こちらこそ、ずい分とご無沙汰してしまってゴメンナサイ。
(メッセージありがとうございました^^)

胸がぎゅーっと痛くなりました。
淡々と暮らしていた自分が恥ずかしくもあり・・・
chiruさんはいろいろなことと向き合っていたんですね。
それを知らないで生きてきた自分が恥ずかしくなりました。
私、言葉足らずなので、どう言葉を掛ければいいのか分かりませんが・・・
chiruさんはこの半年間で強い心を得たんだなぁ~と。
読んでいて、chiruさんの気持ちがものすごく伝わって来ました。母として。
前をしっかり向いて進んでいけると思います。
(もう進んでるとは思いますが^^;)
あとは家族から元気をいっぱいいっぱいもらってheart02

実はブログを引っ越ししました。
「てくてく・・」を時々読んでくれてたみたいで、嬉しくなりました。
新しいブログ名は「まんまる日記」です。

これからもまたお付き合いヨロシクお願いします。

投稿: ニコ | 2008年6月 7日 (土) 23時32分

お返事遅くなってごめんなさい。

こんな内容の日記にコメントしてくれてありがとう。
とっても嬉しかったです!!
これからもマイペースで更新してくので
またお付き合いしてくれたら嬉しいです。

投稿: chiru | 2008年6月24日 (火) 15時11分

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